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2005年04月19日

賃金格差と日本民族

[これでいいのか]
日本の賃金格差が広がっているらしい。

そりゃそうだ。

バブルがはじけ、今までの終身雇用はほぼ崩壊してしまった。企業は安くていつでも辞めてもらえる労働力を要求し、人あまりの労働力市場はその要求をのまざるを得ない。バブルの頃はそこそこに高い時給をつけなければ労働力が確保できなかったファーストフードでさえ、募集時給がガクッと下がっている。

こんな時、儲けるすべを持っている人間は、社会の情勢を隠れ蓑にしてこれ幸いと自分の収入を上げることが可能になっているわけだ。格差も広がって当然である。

この格差は埋まることは無いだろう。なぜなら日本はあまりにも人の実力を客観的に評価することが少なすぎるからだ。利権を守る事だけに傾注する人間や団体が多すぎる。そのようなところは、自分の利権を脅かすような人材は排除にかかる。また、そのようなところは他からの目が届かないよう、何重にもガードを固めている。

このごろは多少内部告発とかで表に出てくるようになったが、これとて一般市民にしわ寄せが行き過ぎているから妬まれてしまったとしか思えない。日本人は自分がよければ他人の悪行には目をつぶってもいいと思う人種なのではないかと思う。妬んで引きずりおろすことは大好きだが、自分で這い上がっていこうとはしない。要は足を引っ張ることが大好きなのだ。日本全体にこのような風潮をひしひしと感じる。

だから絶対に格差は埋まらない。高所得の人間は、良し悪しは別にして自分を守るためにあの手この手で努力している。そんな人間に、何もしない人間が「こんなのおかしいから直せ」とただ騒いだって何も変えられるはずはない。自分のできるところから少しずつ直していくことで、大きな流れが生まれる。そんな流れを作ることをマスコミや政治に期待したって無理な話である。

我々は「喧嘩はいけません」と教えられて育った。だが、喧嘩と協議や交渉は違う。争うことは大事なのだ。しかし、我々はそんな争いを否定されて育てられた。戦国時代のような世界的にも例を見ないほどの権力争いを繰り広げてきた日本民族なのに、その血はどこに行ってしまったのか。それも戦闘だけではなく、数々の策略で権力を手に入れようとしてきたずるくて賢い民族なハズだ。もう一度我々の遺伝子が呼び覚まされる日は来るのだろうか。

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posted by oyajiman at 2005年04月19日 10:31:38



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