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2013年04月01日
都合のいい解釈
[これでいいのか]
身内に不幸があって更新が滞ってますよっと。
で、超久々に葬式なるものにずっぽりとはまったわけだが、あれこれしきたりみたいなものが多くて面倒だ。ま、仕方ないけど。そんなしきたり的なことなんて普通の人はほとんど知らない。そういう不都合なところを葬儀屋が補ってくれるわけで、そうやって葬儀屋は商売してる。それはそれで合理的な考えだよね。
その葬儀屋が話していたことでちょっと疑問があったので書いておく。
死んだ人の棺おけには三途の川を渡る渡し賃六文を渡してやるのだそうだが、それだけでは一文無しになるからすこしお金とかを入れてあの世に送り出すのだそうだ。で、あの世には両替とかがないから、あまりに大きなお金を持たせても不便だとかいう。そのくせ、あの世はとってもいいところで苦しみとか心配事とかがないとか・・・
うーん、まず、三途の川の渡し賃が六文で、持たせてやる金が現在の「円」って、思い切り矛盾してるだろ。「気持ちだろ」とかいうのであれば、別に思えばいいだけで入れる必要などない。そもそもあの世ではなーんの心配もないのであれば金なんていらねーはず。
葬儀の形とかも時代とともに変化している。古いやり方を守るのも大事かもしれないが、一番大事なのは送り出す人に踏ん切りをつけさせる儀式であるということじゃなかろうか。先祖を大事にするというのは、結局は今を大事にすることでしかない。死んだ人を大事にすることと生きている人が幸せになることにはなんら相関性はない。ましてや死後の世界など、あることさえ証明できない。確かなことは「死んだものは帰ってこない」ことだけだ。
哺乳類は一回に生む子供の数が少ないため、その子供を大切に育てるようにできている。それは種を守るために備わっている本能であるが、宗教なんてものはその本能とかをうまく使って都合のよい解釈をしているように過ぎないものと感じている。今回の葬儀屋の話を聞いて、ますますその思いが強くなった次第。
posted by oyajiman at 2013年04月01日 23:00:00
コメント
しきたりが「円」にかわったところで、火葬場に行ったら「火葬設備の故障の原因となりますので硬貨は入れないでください」とかって張り紙されそう・・・
さすれば、一番合理的なのは、あの世に両替所を作る(創る?)のが便利なわけで。「当裏金融は三途川支店を開設いたしました。亡くなったあの方へ送金できます。」って、新しい商売始めてみます?(さっ詐欺じゃん!!)
とふざけるのはやめて、最後になりましたが、更新がなかったのでちょっと心配しておりました。お身内ということで、いろいろとお疲れかと思います。ご自身の体調など十分にお気を付けください。
oyajimanさん、ご愁傷様です。
お疲れになったでしょう、お大変でしたね。
>それだけでは一文無しになるから
地域にもよるのでしょうけど、10円6枚に限定してるところもあります。
余分に渡すと魂が迷って帰って来てしまうとか、銅貨でないと窯を損めるとかの理由が有るらしいです。
そもそも銅貨は溶けてしまうので通貨変造の罪にも問われそう。
>確かなことは「死んだものは帰ってこない」
おいらは道半ばで帰ってきちゃったw
川を渡るのはこのタイミングだったのでしょう。
つまり葬儀の時は彼岸に渡り切ってるのだろうと思われます。
>一番大事なのは送り出す人に踏ん切りをつけさせる
そうそう、同感です。
喪主も務めて感じたのですが、葬儀は親族だけのものではなく故人が関わった人たちとの時間の共有なのでしょう。
難しいとは思いますが、ゆっくりとお休み下さい。
みなさまのお気遣い、感謝いたします。
慣れないことなのでちょっと疲れましたよっと。休みなしで仕事ですけど。トホホ。
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さすれば、一番合理的なのは、あの世に両替所を作る(創る?)のが便利なわけで。「当裏金融は三途川支店を開設いたしました。亡くなったあの方へ送金できます。」って、新しい商売始めてみます?(さっ詐欺じゃん!!)
とふざけるのはやめて、最後になりましたが、更新がなかったのでちょっと心配しておりました。お身内ということで、いろいろとお疲れかと思います。ご自身の体調など十分にお気を付けください。