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2011年05月12日

洋書訳本が頭に入ってこないのはなぜか

[つれづれなるままに]
先日、マイケル・クライトンの恐怖の存在()を買って読んでいるのだが、さっぱり進まない。というか、なぜか翻訳した本は読むスピードが遅くなってしまう。読んでいても不思議なくらいに登場人物のイメージがわかない。だから内容も今ひとつ頭に入ってこないのである。

なぜ登場人物のイメージがわかないのか。その理由は多分2つあって、1つめは「登場人物が多い」ということなのだがこれは付随した理由でしかない。一番大きな理由は、名前がカタカナだということである。カタカナの名前はどれもこれも同じに見えてしまうから泣ける。それどころか、こっちではファーストネームで書いているのにこっちではセカンドネームで書いてあったりして、違う人間だと思っていたら同一人物だったりしてその都度登場人物を確認するハメになってしまう。

また、外国の本って不思議なくらいに映画チックに書かれているから、映画のワンカットのように突然場面がよくぶっ飛ぶ。そして俺の頭もぶっ飛ぶ。特に個の本は壮大なイメージを出すためなのかしらんが、とにかく場所も人もいっぱい出てくる上にあっちこっちにぶっ飛んでいくので読んでいても中に入っていけない。読むスピードが落ちているのも一つの原因だろうが、集中できないのである。もしかして俺ってバカになってる?

なんとなくだが、最後までこんな印象のまま読み終えるような気がする。

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posted by oyajiman at 2011年05月12日 23:00:00



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