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2005年04月20日

判断の尺度

[つれづれなるままに] あとで読む
規律と欲望と不道徳で、cocoloさんからいただいたコメントに感ずるところがあったので書き記しておこうと思う。

今回のcocoloさんのコメントを見て、非常に頭の回転が早い人だなと言うのがまず最初の感想だ。人間、どうしても自分の物差しだけで物事を判断してしまう。俺のこのサイトだってそうだ。はっきりいって俺の言いたいことだけ書いてるんだから。

俺の書いてることに対して、いろんな考えを持ってもらうことはうれしいことだ。その意見をコメントとかに残してもらえるのは、書いている側にとっても色々参考になる。

ただ、今まで炎上したblogのエントリとかは、大体自分の意見が全て正しいと言う論点に立ってしまっていることが多い。その論点にはっきりとした根拠は無く、思い込みとか「常識だ」とかで意見をぶつけても、それは平行線をたどるだけで何ら有意義なものではない。

考え方と言うのは、100人いれば100人とも違う。その中で意見をぶつけ合うと言うことは、相手を尊重するという大前提が無くてはならないと思う。迎合しろと言う意味ではない。相手を否定するだけではなく、そういう見方もあるという考えを持たなくてはならないと思う。

ある物事に対し、正面から見たら丸かったが側面から見たら四角かったなんてことは当り前の話で、その事実がわからない人は相手を否定し自分の理論の正当性だけを主張する。逆にそういった違う見方を受け入れられる人は、物事を見る視野が広がっていくはずだ。その中で、私はこういう判断基準なんでこう思うと言う意見、俺は大賛成だな。
posted by oyajiman at 2005年04月20日 09:50:00


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