Linuxからアホ話まで、何でもありでござる

2005年02月24日

昭和60年へタイムスリップ

[おいらのパソコンに関わる話]
何気なく本棚を見ていたら、1985年に出版された「富士通がIBMに恐れられる理由 (光文社 小林紀興 著)」という本が目にとまった。ぱらぱらとめくっていると、俺が富士通にぞっこんだったころがよみがえってくる。

そのころの富士通といえば、汎用コンピュータはピカイチで技術力は高いがパソコンはNECに大きく遅れをとっている状況だった。

NECのPC-8001に遅れること2年弱、満を持して富士通がFM-8を出したのは1981年のことだった。しかしFM-8は性能はとてもよいが値段は高いという機種であった。

そこでFM-8から不必要なものを取り去り価格を引き下げ、CPUスペックを上げて世に送り出したのが名機FM-7だった。これは俺が最初に使ったパソコンで、一時期8bitパソコンシェアNo.1にまでなったのである。

「富士通がIBMに恐れられる理由」が出版された1985年は、PC-9801がパソコンのシェアを独占し始めているころであった。このころ俺はOS-9FM-77L4を使っていた。(しかしOS-9使うならやはりFM-11なわけで、後に中古でFM-11を手に入れた。)このOS-9は大したシロモノで、8bitパソコンでUNIXライクな環境を作り上げることができた。8bitCPUでマルチユーザ、マルチタスク、マルチウインドウ(仮想コンソールだが)を実現していたのだから恐れ入る。これがシェアの高い機種に採用されていたらLinuxはここまで広まらなかったかもしれない。

PC-9801のシェアはどんどん拡大していき、他の各メーカーも16bitマシンを投入するが惨敗。富士通ファンとしてはPC-9801を完全に凌駕する16bitマシンを待ち望んでいたのだが…

ベールを脱いだFM-16βは、見事にファンの期待を裏切った。ファンが待ち望んでいたモトローラ68000の採用は見送られインテル80286を採用、OSもモトローラ採用が見送られたためOS-9/68Kは当然なし、その上初期に採用されたCP/Mを途中からMS-DOSに切り替えてしまうというお粗末さ(ここいらは思い違いかもしれない)であった。しかしいくらOSをNECと同じMS-DOSにしても、その当時はMS-DOSというよりPC-98専用ソフトばかりであったのでPC-98のソフトがFM-16βで動くはずもなかった。

もし富士通がFM-16βにモトローラとOS-9/68kを採用していたら、歴史に名を残すパソコンになっていただろう。モトローラを搭載していたらX68000が世に出ていたかわからないと思う。

独自路線を捨てた富士通はDOS/Vマシンでシェアをある程度奪い返したが、これはローコスト・サプライチェーンを構築できたことによる成功であって技術力の勝利ではなかった。このころすでに富士通の技術力はなくなってしまっていたのだろうな。残念なことだ。FM-11のような魅力的なパソコンにお目にかかりたいものだと思う。

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posted by oyajiman at 2005年02月24日 11:56:00



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